京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)8号 判決 1986年7月24日
京都市中京区壬生松原町一
原告
大屋美智子
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
同
村松いずみ
同
佐藤克昭
京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地
被告
中京税務署長
喜多村松夫
右指定代理人
笠原嘉人
主文
被告が原告に対し昭和五四年一〇月一三日付でした昭和五三年分の所得税更正処分及び過少申告加算税決定処分のうち、課税総所得金額三三三万二〇〇〇円を超える部分を取消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は一〇分し、その九を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 被告が原告に対し昭和五四年一〇月一三日付でした昭和五一年分、五二年分、及び五三年分の所得税更正処分、及び過少申告加算税決定処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の請求原因
一 原告は、本件各係争年当時、京都市右京区西院巽町一〇及び同市伏見区平野町六二において、「パピルス書房」なる屋号で新刊の書籍及び雑誌の小売業を営んでいた者である(以下、原告の右京区及び伏見区の店舗をそれぞれ「右京店」・「伏見店」という。)。
なお、伏見店は、昭和五三年五月ごろ開設された。
二 原告は、昭和五一年分、五二年分、五三年分の所得税について、確定申告をしたところ、被告はこれについて更正処分、過少申告加算税決定処分(以下、これらを本件処分という)をしたので、原告は異議、審査請求の手続を経た。これらの内容、年月日は別紙第一表ないし第三表に記載のとおりである。
三 しかし、本件処分には、次の違法事由があるから取消されるべきである。
1 被告は本件処分前の調査に際し、その理由の開示を行わなかつたのは、違法である。
2 本件処分は原告の事業所得金額を過大に認定している。
四 よつて、原告は本件処分(異議決定・裁決により一部取消後のもの)の取消を求める。
第三請求原因に対する被告の認否
一 請求原因一、二の事実は認める。
二 請求原因三の主張は争う。
第四被告の抗弁
一 原告の昭和五一年分、五二年分、五三年分の事業所得金額、売上金額、必要経費、その内訳は、別紙第四表ないし第六表の被告主張金額欄に記載のとおりである。売上金額、雇人費は次の三のとおり推計に算出したものである。
二 被告は、原告の昭和五一年分、五二年分及び五三年分の所得税調査のため、部下職員を原告の居宅や右京店に赴かせ右各年分の事業所得の金額の計算の基礎となるべき帳簿書類の提示及び事業内容の説明を求めさせた。これに対し、原告は、右各年分の収支計算書を提示したが、右計算書の裏付けとなるべき原始資料については、その一部を提示したにとどまり、事業の実態については何ら具体的な説明を行わず、被告の調査に対して非協力的であつた。
そこで、被告は、やむを得ず原告の取引先等について調査を行い、その結果に基づき、原告の係争各年分の事業所得金額を算定したところ、いずれの年分も原告の申告額を上回つたので、本件各課税処分を行つたものである。
三1 被告は、原告の売上金額、雇人費を実額で把握することができなかつた。そこで次記2の方法により同業者の原価率、雇人費率を調査したところ、別紙第七表、第八表のとおりの結果を得た。被告は、原告の売上原価を基礎として、右の同業者の平均原価率を適用して原告の売上金額を推計により算出し、右売上金額を基礎として右の同業者の平均雇人費率を適用して被告の雇人費を推計により算出した。
2 係争各年分の売上金額、雇人費の推計に用いた同業者の選定の経緯及びその推計が合理的であることについては、次のとおりである。
(一) 係争各年分における原告の事業内容について被告が確認したことは、<1>新刊の書籍及び雑誌の小売業であること、<2>小学校、中学校または高等学校の教科書を取扱つていないこと、<3>係争各年分の売上原価が八四〇〇万円から一億一五〇〇万円程度であること等である。
(二) そこで被告は、京都市内を所轄する上京、中京、下京、右京、東山、左京及び伏見の各税務署管内で所得税の確定申告書を提出している同業者の中から係争各年分について次の(1)ないし(8)のすべての基準に該当する者を選定した。
(1) 新刊の書籍及び雑誌の小売業を営んでいること
(2) 小学校、中学校または高等学校の教科書を取扱つていないこと
(3) 青色申告書を提出していること
(4) 年間を通じて事業を継続して営んでいること
(5) 事業所が京都市内のみにあること
(6) 他の業種目を兼業していないこと
(7) 不服申立て中または訴訟係属中でないこと
(8) 売上原価が次の範囲内であること
(イ) 昭和五一年分は四〇〇〇万円から一億三〇〇〇万円まで
(ロ) 昭和五二年分は四〇〇〇万円から一億三〇〇〇万円まで
(ロ) 昭和五三年分は五〇〇〇万円から一億五〇〇〇万円まで
(三) 右(二)の選定基準は原告の事業内容に基づき設定されたものであり、当該基準により選定された同業者は、原告と業種、業態及び事業規模が類似している。
(四) 右(二)の基準による同業者の抽出は、上京、中京、下京、右京、東山、左京及び伏見の各税務署長が大阪国税局長の通達に基づいて機械的に行つたものであり、その抽出に当つて恣意の介入する余地は存しない。
(五) 右(四)により抽出された同業者の売上原価率、雇人費率は、各同業者が所轄税務署長に提出した青色申告決算書に記載されている金額(ただし、所得税調査が行われた者については調査の結果得られた金額)によつて算定されたものであり、その算定の基礎となる資料はすべて正確なものである。
(六) したがつて、被告が右により選定された同業者の平均的な売上原価率、雇人費率を用いて原告の係争各年分の売上金額、雇人費を推計したことは合理的である。
四 原告の売上金額、雇人費の算定については、予備的に次のとおり主張する。
1 原告が昭和五一年、五二年、五三年に仕入れた図書、雑誌の仕入価額の小売定価に対する比率は別紙第九表<2>に記載のとおりであるから、これにより各年の売上原価を除すると、同表<3>のとおり、その売上原価に対する小売定価が算出できる。
2 原告ら書籍小売業者により構成する日本書店組合連合会がその傘下の組合員を対象に調査した「万引問題実態調査報告書」(乙第七〇号証)によれば、万引による損失額が売上金額に占める割合は、店舗面積五〇坪以下の店(原告の店舗面積は、昭和五一年から五二年三月までは二四坪。昭和五二年四月以降は三六坪である)では平均〇・六一二パーセントであり、原告の店舗の立地条件などを考慮して、平均損失率の二倍、一・二二パーセントを基にして、本件係争各年分の売上金額から減算されるべき万引による損失額を計算すると同表<5>のとおりとなる。
3 原告の小売定価よりの値引販売による値引額は同表<4>のとおり、仕入先から受取つた報奨歩引(リベート)の額は同表<6>のとおりである。
4 同表<3>の小売定価より、<4>の売上値引額、<5>の万引損失額を減じ、<6>の報奨歩引額を加えると、<7>のとおり原告の売上金額が算出される。なお、右推計方法による売上金額の算定の場合には、推計される雇人費もそれに応じて変更されることとなる。
第五原告の認否と主張
一 原告の昭和五一年分、五二年分、五三年分の事業所得金額、売上金額、必要経費、その内訳は別紙第四表ないし第六表の原告主張金額らんに記載のとおりである。
二 原告は本件処分前の二回に亘る調査の際に、確定申告の基礎とした日計表、集計表、領収証、賃金台帳など一切の書類を提示してその説明もするつもりであつたので、被告の職員に対しその旨伝達した。被告の職員は、日計表など一部の資料の呈示を求めたので原告はこれを呈示したが、被告の職員はその他の資料の呈示を求めなかつた。被告としては、原告の準備していた日計表等により原告の所得を実額で認定することが可能であつたから、推計により課税をしたのは違法である。
三 被告の抗弁三は争う。
四 被告の抗弁四は争う。
値引額、万引による損失額は被告主張の額より更に高額であるし、そのほかにも、返品不能、汚損、破損、紛失、売掛金回収不能、現金の紛失、計算誤りなどの多数の損失を考慮すべきである。
第六証拠
本件記録中の書証、証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 課税の経緯
原告が請求原因一のとおり新刊書籍、雑誌の小売業を営んでいたこと、請求原因二のとおり、確定申告、更正処分、過少申告加算税決定処分、行政不服手続が行われたことは、当事者間に争いがない。
二 調査手続
証人野畑雄二の証言、原告本人尋問の結果によると、中京税務署の所得税調査担当の大蔵事務官野畑雄二は、本件処分前の昭和五四年八月三日原告宅を調査のため訪問した際、原告に対し、その身分を明らかにしたうえ、原告の申告所得金額の収支計算の確認に来たこと、原告については書籍小売業を開業(原告の開業は昭和四五年)以来、調査をしたことがなかつたことを説明して、帳簿、原始記録の全てを閲覧したい旨を申し出たことが認められる。
所得税確定申告に対し更正処分をするかどうかの調査に際し、納税者に対し、右以上の理由を開示する必要はないと解されるから、原告の請求原因三1の主張は理由がない。
三 昭和五一年分の総所得金額
原告の自認する売上、売上原価、経費等は、別紙第四表ないし第六表の原告主張金額欄記載のとおりであるところ、弁論の全趣旨によれば、同年分の減価償却費は、七三万二七六二円であると認められる(原告は従前から右の額を認めて来ており、第一九回口頭弁論期日に陳述された第二〇準備書面別表五ノ一のこの点に館する主張は重複計算による単なる誤りと解される)。この点を修正すると、原告の自認する事業所得金額、ひいては総所得金額は、八六〇万七八〇三円となり、裁決により一部取消されたのちの本件更正処分の認めた総所得金額八三三万四七六五円を上廻ることになる。
そうすると、昭和五一年分の本件更正処分、過少申告加算税決定処分の取消しを求める部分の原告の請求は失当である。
四 昭和五二年分の総所得金額
1 昭和五二年分の売上原価が八三一〇万〇七七四円であることは、当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない乙二二ないし二四号証及び六二号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲一四五号証、証人野畑雄二の証言、並びに原告本人尋問の結果によると、中京税務署の所得税調査担当の大蔵事務官野畑雄二は、原告の昭和五一年分以降の所得税確定申告が正確なものであるかどうかを調査するため、予め原告側と日時の打合せをしたうえ、昭和五四年八月三日原告の住所を訪れたこと、野畑雄二は原告やその夫に面会して、原告の申告所得金額の収支計算の確認に来たので、帳簿書類等を見せてほしいと求めたが、原告らはそのような調査理由では納得できない、調査するなら全部の納税者を調査しろと述べて、帳簿等の提示を拒否したこと、野畑雄二は改めて原告側と日時を打合わせたうえ、同年九月四日に原告宅を訪問したこと、この折には原告より昭和五一年より五三年分までの収支計算書と昭和五三年分の支払給与明細表の提示があり、そのコピーの交付を受けたこと、野畑雄二は原告に右収支計算書作成の基礎となつた帳簿書類、原始記録の全ての提示を求め、賃金台帳、支払利息関係書類、昭和五三年一二月分の日計表の提示を受けてこれを検討したこと、しかし原告は、その余の帳簿書類、原始記録を提出せず、売上帳は昭和五三年一二月分をちらりと開いたものの、野畑雄二がそれを手に取つて検討することを許さなかつたし、また、レジペーパーの保管はなく、現金出納簿の記帳はないと答えたこと、右の提出された収支計算書の内容は、本訴において原告が主張しているところとも異なり、不正確なものであつたことが認められる。
そのうえ、昭和五二年分、五三年分の売上金額について、本件訴訟においても、取調べた証拠によつて、実額で正確に算定できないことは、後記5に判断のとおりである。
そうすると、昭和五二年分、五三年分の売上金額を推計により算出することはやむをえないことというべきである。
3 証人後藤洋次郎の証言により成立の認められる乙二五ないし三八号証及び右証言によれば、被告は抗弁三2の方法により同業者の原価率を調査したところ、別紙第七表のとおりの結果を得たことが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
4 新刊書籍、雑誌の小売においては原則として定価販売が行われ、その仕入価格の小売価格に対する割合も小売店によつて大きく異なるものではないことは、弁論の全趣旨により成立の認められる乙六六ないし六八号証によつて認められることからすると、右認定の同規模同業者の原価率七九・五三パーセントをもつて原告の売上金額を推計するのが相当である。
更に、原告の自認する昭和五一年分の売上原価、売上金額によると、同年分の原価率は七九・六六パーセントであつて、右の昭和五二年の同業者原価率七九・五三パーセントと殆んど同じことであること、原告につき昭和五一年分と昭和五二年分との間には原価率の変動に影響を及ぼす事情が認められないことは、右の同業者原価率により原告の売上金額を推計することが極めて合理的であることを示している。
5 原告は昭和五二年分の売上金額は一億〇一七二万五四一七円と主張し、原告本人尋問の結果により成立認められる甲五一号証の一の二ないし同号証の一二の三、五二号証の一の二ないし同号証の一二の三一の二、五三号証の一の二の一ないし同号証の一二の三一の三、五四号証の一ないし四七、一四六ないし二〇四号証、原告本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨によると、原告には昭和五二年中には少なくとも右主張額の売上げがあつたことが認められる。
しかし、次の諸点を考慮すると、右甲号証の帳簿等が昭和五二年当時に、その売上げの全てを漏れなく正確に記載したものであるとか、原告の売上金額が右額に止まるものであるとかは、本件全証拠によつても認めることができない。
(一) 原告提出の書証については、次の疑問点も存する。
(1) 原告提出の書証には相互の一致しない部分が多い。
(2) これら帳簿類に記載のない売上も存することはそのような売上を原告が自認して売上金額に加えていることからも明らかである。
(3) 原告提出の甲一四八ないし一七七号証(売掛請求書控)、甲一七八ないし一九九号証(売掛金領収書控)は、綴りより多数の控えが除去されていて、これらが全ての請求書、領収書の控えと認めることができない。
(二) 原告は、確定申告において、事業所得金額を、昭和五一年分一二〇万円、昭和五二年分一八〇万円、昭和五三年分一八四万円と申告している。しかし、真実の所得金額は、原告が本訴で自認するところでも、昭和五一年分八六〇万円余、昭和五二年分四二八万円余、昭和五三年分一九七万円余であるから、原告は虚偽に過少な申告をしたことになる。また、原告は、その後の異議、審査請求、本訴においても、所得金額の主張が一貫せず、それは単なる記帳誤り、計算誤りの域を越えている。このことは、原告において真実が記載されているとして提出した帳簿、書類の信用性を低からしめるものである。
(三) 前記乙六六ないし六八号証によれば、原告の昭和五一年ないし五三年に仕入れた書籍、雑誌の仕入価格の小売定価に対する比率はいずれも七七・七パーセントであることが認められる。原告の売上原価は、昭和五二年八三一〇万円余、五三年一億一〇六六万円余であるから、その小売定価は、昭和五二年一億〇六九五万円余、五三年一億四二四二万円余となる。原告は、リベート、図書券受取損を除いた売上金額を、昭和五二年一億〇一〇五万円余、五三年一億三六八三万円余と主張するから、これが真実とすると、小売定価で昭和五二年約五九〇万円、五三年約五五九万円分の値引、紛失、万引などがあつたことになる。この額は昭和五二年の期首棚卸高九〇〇万円の約三分の二にも近い著しい高額であつて、このような高額の値引、万引、紛失などの損失があつたとは本件全証拠によつても容易に認めることができない。
個々的にみても、前記甲一四六、一四七号証によると、昭和五一年には四二万九五九〇円、昭和五二年には三九万一二一〇円、昭和五三年には、四四万七〇二九円の値引があつたことが認められるが、それを超える値引を認めるに足る明確な証拠はない。他に値引があつたとしても、右書証によるとその値引率はせいぜい定価の五パーセントであると認められる(それ以上の高率の値引をする特殊な買主については帳簿に明記されている筈である)から、仮に右認定のほかに一〇〇万円の値引があつたとすれば、売上の五分の一をも超えるような多額の売上げについて値引をしたことになつてしまうのである。
万引についてみると、書籍小売業者により構成される日本書店組合連合会が傘下組合員を対象に調査した万引問題実態調査報告書によると、万引による損失額が売上金額に占める割合は、店舗面積一六五平方メートル以下の店舗では、平均〇・六一二パーセントであることが弁論の全趣旨により成立の認められる乙七〇号証により認められる。原告の店舗は本件係争年のいずれにおいても右面積以下であることは、原告において明らかに争わないところである。右の平均値により算出すると原告における万引損失額は年間に昭和五二年には六十数万円、五三年には八十数万円ということになる。原告において万引が非常に多かつたとの具体的な立証はないし、原告は年間に昭和五二年には八七九万円余、五三年には一二八九万円余の雇人費を支払つて従業員を置い
昭和五二年において五九〇万円分、五三年分において五五九万円もの値引き、万引、紛失等があつたとは、到底認めることができない。
(四) 原告の主張によると、昭和五二年においては昭和五一年に比して、売上原価が五七万円余増加したのに、売上金額が一八七万円余も減少して、あわせて二四四万円もの差が生じ、売上原価率は七九・六六パーセントから八一・六九パーセントへ、更に昭和五三年には八〇・三八パーセントへと変動している。
原告において仕入価額の小売定価に対する割合は昭和五一年から五三年まで変動のないことは前記(三)に認定のとおりであるが、万引、紛失、値引など原価率に影響を及ぼす事情の変化があつたとかの事情については、原告の主張はないし、原告本人尋問の結果においてすら現れないところである。
(五) 原告主張の売上金額を基礎として計算すると、その昭和五二年における原価率は八一・六九パーセントとなる。しかし前記2認定の別紙第七表記載の同業者においてこのような高率の原価率を示している同業者、年分は全く存しない。新刊書籍、雑誌小売業のように利巾が殆んど異ならない業種(このことは当裁判所に顕著である)において、原価率がこのように高いというのは異常であつて、原告主張の売上金額が低すぎると疑わしめるものである。
6 前記判断のとおり、原告の売上金額は、売上げ原価より同業者原価率を用いて推計により算出するのが相当であるから、売上原価八三一〇万〇七七四円を同業者原価率〇・七九五三で除すると、売上金額は、一億〇四四八万九八四五円となる。
7 右認定の売上金額より、原告主張の経費計九七四三万五九〇三円を全て差引いても、原告の事業所得金額は七〇五万三九四二円となり、この額は更正処分の認めた額(異議、裁決による取消後の額)を超えている。そして、更正処分の認めた所得控除を原告において明らかに争わないから、その課税総所得金額も相当であり、これを前提としてされた昭和五二年分の更正処分、過少申告加算税決定処分も正当であつて、これらの取消しを求める部分の原告の請求は失当である。
五 昭和五三年分の総所得金額
1 昭和五三年分の売上原価が一億一〇六六万〇二五五円であつたことは、当事者間に争いがない。
2 前記四2、5認定の事実によれば、本件処分の時点でも、本訴口頭弁論終結の時点でも、売上金額を実額で算定するに足る資料は存しなかつたと認められるから、これを推計により算出するほかはない。
3 抗弁三2の方法により調査した同業者の原価率が別紙第七表のとおりであることは、前記四3に認定のとおりである。
4 しかしながら、原告における仕入価格の小売定価に対する割合が七七・七パーセントであること、平均的な万引損失額の売上金額に占める割合が〇・六一二パーセントであること(前記四5)などからすると、右認定の昭和五三年分の原価率七七・五〇パーセントとする同業者Eは、推計の基礎となる同業者として加えるのは相当でないし、原価率七七・九一パーセントとする同業者Aも、幾分のリベート(原告自身も売上の約〇・七パーセントに当る額のリベートを受取つたことを自認している)を考慮しても、これを推計の基礎となる同業者に加えるのには疑問がある。
他方、原告にとつても、書籍小売業界一般にとつても、昭和五二年分から五三年分の間に、原価率を変動させる事情が存したとか、原価率が変動したとかの事情も認められず、原告にとつていずれの年分においても仕入価格の小売定価に対する比率が同一である(前記四5(三))ことを考慮すると、原告の昭和五三年分の売上金額は、売上原価より、昭和五二年分の前記同業者平均原価率を用いて推計するのが相当である。右推計方法は被告が予備的に主張する方法よりも合理的と解される。
5 原告は昭和五三年分の売上金額は一億三七六七万三〇四八円と主張し、前記四5冒頭掲記の証拠によれば、昭和五三年には少なくとも右主張額の売上があつたことが認められる。
しかし、前記四5(一)ないし(四)の諸点を考慮すると、原告提出の帳簿等が、昭和五三年当時に、その売上の全てを漏れなく正確に記載したものであるとか、原告の売上金額が右額に止まるものであるとかは、本件全証拠によつて認めることができない。
6 前記判断のとおり、原告の売上金額は昭和五二年分の同業者平均原価率を用いて推計により算出するのが相当であるから、売上原価一億一〇六六万〇二五五円を右原価率〇・七九五三で除すると、売上金額は一億三九一四万二七八二円となる。
7 必要経費のうち、売上原価が一億一〇六六万〇二五五円であることはは前記のとおり当事者間に争いがない。
被告の雇人費の主張は売上金額からの推計によるものであるから、認定の売上金額に対応する主張をしているものと解される。証人後藤洋次郎の証言により成立の認められる乙四七ないし五六号証、証人後藤洋次郎及び野畑雄二の各証言、並びに弁論の全趣旨によれば、本件処分の時点でも、本件訴訟においても、原告の昭和五三年分の雇人費を実額で認定するに足る証拠はないこと、被告は抗弁三2の方法により同業者の雇人費を調査したところ、別紙第八表のとおりの結果を得たことが認められる。右認定の同業者の売上金額に対する雇人費の比率は平均して九・二七パーセントとなるところ、昭和五二年分について原告の主張する金額によつて算出した原告の雇人費は右の同業者雇人費率を下廻ることをも考慮すると、原告の昭和五三年分の雇人費を右の同業者雇人費率により推計することは合理的である。前記認定の売上金額に右同業者雇人費率を乗じて算出すると、原告の昭和五三年分の雇人費は、一二八九万八五三五円となる。原告の同年分の雇人費が右額を超えると認めるに足る証拠はない。
必要経費のうち、租税公課、通信費、消耗品費、福利厚生費は、被告主張金額の範囲では当事者間に争いがない。成立に争いのない甲六一号証の一〇ないし一四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲六一号証の四〇、四一、原告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、通信費は右争いのない額のほかに一万一八〇〇円、消耗品費は右争いのない額のほかに三五〇〇円存することが認められる。しかし、租税公課及び福利厚生費については、右争いのない額のほかに、原告の書籍雑誌小売業のために必要な支出があつたとは、甲六一号証の四ないし六、同号証の四四ないし四六その他本件全証拠によつても認めることができない。甲六一号証の四四は、東急観光株式会社綾部営業所の「浅田様」宛の船車分等四万二四二〇円の昭和五三年八月二日付請求書、同号証の四五は作成者不明の「上様」宛の宿泊料等一一万七五三〇円の同月八日付計算書であるが、原告本人尋問の結果によれば、原告の住所及び店舗はいずれも京都市内に存することが認められるのに、右甲六一号証の四四の発行は綾部営業所であること、その宛先は原告ではないこと、同号証の四五、発行者の記名さえなく、宛先も「上様」としか記載されていないことを考慮すると、これら証拠その他本件全証拠をもつてしても、原告の福利厚生費が右争いのない範囲の額を超えると判断することはできない。
その余の項目の必要経費については、当事者間に争いがない。
以上のとおり、昭和五三年分の事業所得の計算上の経費は一億三五二六万三五一三円となる。
8 前記6の原告の収入金額一億三九一四万二七八二円より右7の必要経費一億三五二六万三五一三円を差引くと、事業所得金額は三八七万九二六九円となり、これより原告の明らかに争わない所得控除額五四万六五〇〇円を控除すると、課税総所得金額は三三三万二〇〇〇円(一〇〇〇円未満の端数切捨)となる。
9 右認定の課税総所得金額は、裁決により一部取消されたのちの更正処分の認定した額三四二万二〇〇〇円を下廻つている。そうすると、昭和五三年分の本件更正処分、過少申告加算税決定処分は右認定の課税総所得金額を超える限度では違法であるから、その部分を取消し、その余の部分に関する原告の請求は棄却すべきものである。
六 結論
以上判断のとおり、昭和五三年分の本件更正処分、過少申告加算税決定処分のうち、課税総所得金額三三三万二〇〇〇円を超える部分を取消し、その余の原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九二条本分を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 武田多喜子 裁判官長久保尚善は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 井関正裕)
第一表 (昭和51年分手続一覧)
<省略>
第二表 (昭和52年分手続一覧)
<省略>
第三表 (昭和53年分手続一覧)
<省略>
第四表
<省略>
第五表
<省略>
第六表
<省略>
第七表 (同業者原価率表)
<省略>
第八表 (同業者雇人費率表)
<省略>
第九表 (売上金額計算明細表)
<省略>